極左活動活動家の死

極左活動活動家の死

 寂しい晩年と老いの苦しみ


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 赤軍派のダッカ事件などで名前も出た極左の元幹部であった大村寿雄氏が10日の朝6時ころ、お亡くなりになったと友人から連絡が入った。

日本赤軍日本の新左翼系組織。 世界革命の実現を目的とする。 1971年にPFLP 傘下の部隊として結成され、74年に日本赤軍として正式に独立。 世界各地で活動し、多数のテロ事件を起こし、国際テロ組織と認定された。 2000年に最高指導者 ...


 赤軍派のツイッターにはまだ書かれていないので紹介することにした。おそらく現在もネットなどで活動している人は誰も知らないのではないか?

 私はこの方を良く存じていたが、親しくしていたわけではない。ただ、私の友人が極めて親しい関係だったので、私も存じてはいた。

 77歳という高齢で和歌山県のある医療施設で息を引き取った。身内らしい人はいたが、果たしてその方が最期を看取ったかは分かりません。本人は晩年はバセドウ病と戦っていたが、最後は肺炎でお亡くなりになった。ご冥福をお祈りします。

 大村寿雄(としお)と言っても今ではその名前を知るのは余程の極左通か、その活動家しかいないでしょう。彼がどのような人物であったかを先ずは紹介する。

 ウィキからの引用です。

ダッカ日航機ハイジャック事件ダッカにっこうきハイジャックじけん)は、 1977年9月28日に、日本赤軍が起こしたハイジャック事件である ... 泉水博、仁平映、植垣康博、知念功、大村寿雄)の釈放と日本赤軍への参加を要求し、これが拒否された場合、または回答が無い場合は人質を順次殺害すると警告した。


日本で服役および勾留中の9名(奥平純三城崎勉大道寺あや子浴田由紀子泉水博仁平映植垣康博知念功大村寿雄)の釈放と日本赤軍への参加を要求し、これが拒否された場合、または回答が無い場合は人質を順次殺害すると警告した。この時、犯人グループから「アメリカ人の人質を先に殺害する」という条件が付けられ、この影響を受けて、その後の日本政府の対応にアメリカへの外交的配慮があったとする見方もある。また、この便には当時のアメリカ合衆国大統領ジミー・カーターの友人であるアメリカ人銀行家が乗っており、犯人たちはそのことを事前に知っていた。

植垣康博連合赤軍
(赤軍派)
東京拘置所M作戦拒否1993年2月、懲役20年確定
1998年10月、出所
知念功沖縄解放同盟沖縄刑務所ひめゆりの塔事件拒否不明
大村寿雄京都刑務所京都地方公安局爆破事件拒否不明
以上

 このページに大村寿雄という人物の名前が見えます。彼は釈放要求のリストにあったが、路線の違いから拒否して、当時亡命していたカナダから日本に送り返され刑務所生活を送った。

 拒否した理由は大村氏は赤軍派とは思想的に考え方が違い、企業連続爆破事件の流れだったからです。

 私は彼がこのような左翼関係者とは知っていたし、又彼の方も私が右翼活動家であることは知ってはいたが、そのような関係ではない。全く違ったお付き合いで知った。

 思想の話を互いにしたことはなかった。

 ただ、今回このような事を書くのは、今後川崎市で多くの人に参加してもらって、様々なお話をするにあたり、「このような人も招いて話をしたらどうか?」という友人からの誘いがあったからです。

 私の友人は赤軍派の青砥幹夫氏や植垣康博氏とも交流がある。いずれ、このような人をお招きしてお話をしても良いと思った。

 その時に「なぜ?」と煙たがられないように今日記事を載せました。右も左も同じテーブルで過去を語りあうのも、意味があるかも知れません。


以上



 まだ一日しか経っていませんが6万5千人以上の人が視聴されました。



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