川崎ヘイト規制の不条理と、生還・釈明の動画

jiyuu
関連ブログ『一般社団法人自由社会を守る国民連合BLOG』

集会の動画ご紹介!(6月2日付)


★動画ご紹介!
川崎言論弾圧事件~損害賠償裁判一審報告会20210601~
(提供:はとらずチャンネル

【生死の境から生還!】瀬戸弘幸が語る ~反転攻勢への宣言~
(提供:国民の総意ちゃんねる

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川崎ヘイト規制「違憲」訴訟?

日本人差別の有無とともに問う!

 川崎市でのヘイトスピーチ規制条例については、法律の専門家筋の間でも「憲法違反である」との向きがもっぱらであると伝えられています。

 川崎市では現在、港湾不正に関する問題で民間船会社が訴えた訴訟が最高裁でも争われることが決まり、3年前の「集会潰し」を訴えた裁判が先日、第一回目の口頭弁論を迎えました。

 そしてもう一つ。川崎市ヘイト規制条例の違憲性を問う裁判も訴訟を起こすことが出来ると分かり、こちらも法律専門家を交えた協議で状況が整い次第、『NPO法人外国人犯罪追放運動』理事長の有門大輔氏を軸に訴え出ることも検討中です。

 言論の自由への冒涜とも言える川崎市教育文化会館での極左『かわさき市民ネット』による集会潰しをめぐる裁判もそうですが、ヘイト規制などという自治体の裁量が云々ではなく、何事も「憲法論」で争われなければなりません。

 この「川崎言論弾圧事件」裁判では相手方(三浦知人被告)の動きとして、然る極左御用達の法律相談所のようなところに駆け込んで門前払いを食らったとも伝えられています。

 しかし、誰が見ても明らかに言論の自由を侵害する集会を、物理的な暴力的言動で潰しにかかるなどは、およそ自由社会で認められた行動ではなく、まさしく「暴動」「暴徒」と言うに相応しいものでしょう。

 川崎市ヘイト規制条例の違憲性とともに、人数を動員して会館を包囲さえすれば集会を潰せるなどという無法を罷り通らせてはならないもので、断じてこれを正さねばなりません。

以下、NPO外追理事長・有門氏のブログより引用

2021年06月02日
日本人差別・ヘイト記事への反駁!
http://blog.livedoor.jp/samuraiari/archives/52143253.html

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 …それにしても、これまで7~8度、川崎市内にてネットで無告知の街宣を継続的に展開してきたものだが、たった一度、それも終盤に差し掛かった頃に慌てて駆けつけて妨害出来た成功例が石橋らはよほど嬉しかったのだろう。

 まるで鬼の首でも取ったかのようなハシャギぶりだが、土曜日だというのに妨害集団がたかだが3~4人の動員とは寂しい限りだ。それで「市民」などと称されても何をかいわんやといったところだろう。

 石橋の記事で傑作だったのは「差別主義者が最も卑劣なのは『差別の否定』」などとした箇所(上掲画像の四角で囲みの部分)。

 それは、そっくりそのまま石橋らの「日本人差別の否定」にこそ該当する。

共産主義者が弄する「日本人ヘイト言説」で最も卑劣なものに「日本人差別の否定」がある。

「私は日本人差別などしていない」「どこに日本人差別があると言うのか?」

何より醜悪なのは日本人差別に基づく共産革命を続けるためにシラを切っているだけでなく、さらなる言論弾圧のための否定であるからだ。

「マジョリティの日本人による日本人差別の訴えはウソで、マジョリティが不当に苦しめられている」

そうしてマジョリティである日本人が、マイノリティである外国人を差別・迫害する敵に仕立て、その言論を封殺していくのが共産主義者の手口だ。

以上

 …正しくはそのように記されるべきなのが川崎市での実状に他ならない。

 妨害集団は「日本人に対して『死ね』『殺せ』などの日本人排斥デモが一度として行なわれたことはない」旨を批判の論拠としており、そのことが神奈川新聞の記事にも書かれていたが、日本人に対して『死ね』『殺せ』などのデモはなくとも、実際に何百人もの日本人が物理的に殺されている。

 北朝鮮による日本人拉致事件が格好の例だが、ここまで日本の主権・独立を侵害しては日本人の生命・財産を危ぶませれば、少々北朝鮮と在日社会に対して物理的危害を示唆するような不規則発言のコールが出てしまうのもやむを得まい。

 そもそも保守系のデモ街宣の趣旨は「北朝鮮による日本人拉致事件の解決」であったり「移民受け入れの規制」「不法滞在をはじめとする外国人犯罪者の追放」にあるわけで、決して物理的危害を加えることを主張することが趣旨ではない。

 …加えて石橋は記事中、ヘイト規制条例・規制法の枠をも超えた「差別禁止法」の導入について言及していた。

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画像:同

 敢えて「外国人」や「民族」と書かないところが石橋らしさゆえか、それとも、もしかすると本心だったのか?

 差別禁止法の導入は大いに結構だが、「日本人への差別」も厳に禁ずる法律であったとすれば大いに歓待したい。

 ヨーロッパ各国では自国民への保護を最優先に、「自国民への差別」を禁じる旨を趣旨として差別禁止法を制定・施行している。

 そのことこそを鹿島田駅前で弁士を務めた佐久間吾一氏らが主張していたものであり、マジョリティたる自国民こそが差別されるような状況は世界各国のケースを見ても存在する。

 石橋ら妨害集団の主張にある「大嘘」は既に喝破されているわけで、石橋らの主張は神奈川新聞という一メディアであるからこそ曲がりなりにも記事の体裁を保っているだけであり、あれが法廷での答弁や公的な学術論文であったとすれば到底、通用する類のものではない。

 まして世界各国に向けて「マジョリティたる自国民への差別など存在しない」などと言おうものなら、一笑に付されるのみだろう。

 「日本人も生身の人間です!」「痛みを感じるんです!

 こう主張した佐久間氏の当日の演説が簡潔に全てを物語っている。

 何人(なにびと)たりとも本来的に反論・反駁の余地はあるまい。

 「日本人差別」のワン・フレーズによほど慌てふためいたのか、石橋たちの狼狽ぶりが伝わってくるかのような記事だった。

以上

 石橋君達は相当に痛いところを突っつかれているようですね(笑)。

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